劇的変化する人、着実に変化する人、タイプはそれぞれですが、共通するのは、人はそれぞれのテーマを持っているということだと感じています。
変化の後も、どんどん変化変容していくのが人間です。
限界がない。
そして、どんどんよくなり、何の問題もないということがないのも共通しています。
課題がなくなる、ということはないのですね。
不幸に限界がないように幸せにも限界がない世界。
すべては自分の感じ方なのですが、成熟ということとも関係があります。
未成熟がダメなのではなく視野が狭く、広い見方ができないために、自分のことだけに終始してしまいます。そうすると人間関係で豊かさを感じられる幅も狭くなります。
人間関係の豊かさは、人数ではなく深さに現れます。たったひとりでも、心を通わせられる人と関係性を築けたら、その豊かさは、富豪です。
究極的には、人間関係は、自分との関係性、自分と神との関係性です。
その現れとして、人との関係性というのは、避けては通れないのです。
その人間関係、つまり、愛情交流にモロに自分のテーマが現れます。
大きな山(テーマ)を越えた人は、人生が変わることを知ります。自分もこんなに変われるんだ。というようなことです。
そのテーマは、自己認識(存在)に関することです。
そして、変化した自分を生きていると、また次の山が来ます。そして、あろうことか、またしても同じテーマに打ち当たるのです。
その時のショックたるや。。。
あんなに癒したのに。。。まだあった。。。。
まだ癒しきれていなかったという事実に愕然とするのですが、
愕然とするということは、受け容れているのだから、山は越えたということにすぐに氣づけるでしょう。
「また、やっぱり、これか!」
というテーマが出てきたとき。それは大きな変化のときです。今までの自分からもう一層脱皮して変容する準備ができている、もう次へ行く時が来ましたよ、というお知らせなのです。
このショックを感じたくなくて、変化に背を向ける人もたくさんいらっしゃいます。
別に変化しなければならないわけじゃないけど、自由だからね、
でも、同じことを何年も、何十年も抱えて、そんなこんなしている内にこの世も終わるなんて、もったいなすぎるな〜
と私は感じています。
だって、すごいからね。人間の可能性は。
何度でも、何度でも、それが出てきたら、受け止めようよ。
自分が受け止めるからこそ、それを一緒に受け止めるよ、という人が隣にいてくれるような現実が起るのだから。
解決が大事じゃないの、解決しなくていい
それを受け止めるだけで、人生大きく変化します。
何度でも、何度でも、変化し、それは、変化するのがいいとかじゃなくて、
自分の魂の喜び、充実感、誇り。
あー、また、これだった!!
という衝撃を受けている人に、私はとびきり優しい。
すごく勇気の要ることだから。
そして、それが成長です。
まさに、それは、自分を愛すること。
私まで、愛されているように感じて、愛がとまらない。