言葉は記号みたいなものだけど

言霊。

言葉には命が宿る。

だから、言葉を意識して選ぶと人生が変わる。

 

そう思うし、実践者であるとも思う。

赤裸々すぎると心配されるくらい、心と言葉に噓をつきたくない私。

むずがゆくて、そうせざるを得ないんだもの。

 

そして、私はセラピーをやっていて、

主に「言葉」(対話)というツールを主として、やっているわけで、

そのすごさは体感的に、日常的に感じている。

いわゆるエネルギーワークも、「言葉」をスイッチとして行ったり、ほとんど何もしていないかのように使ったりもする。

普通に会話しているような感じで、いろんなことができるものだと思う。

 

だけど、それはあくまでも言葉に命を宿らせてやっているからなのだと思うのよ。

 

「愛」とか、言っちゃって、ほわわわわ〜〜〜んとなりがちだけど、そこに命が宿れば伝わるし

必ずしも、「愛」という言葉じゃなくてもいい。

言葉は、大事だけど、どうでもいいところもあって、

それは「どんなエネルギーを持っているのか」という方が強烈だからなのだ。

そもそも、人様のコアな部分に対して、触れされてもらうのだから

言葉に命を宿らせないでやるなんて、私にはオソロしすぎてできない。

大事なことは大事だし、どーでもいいことはどーでもいい。

 

自分が発したものは、すべて自分に返ってくる。

言葉に逃げず、言葉のせいにしないためにも。

大事なことを大事にしないと、自分に返ってくる。

どーでもいいことを大事にするフリしても、自分に返ってくる。

すごい勢いでブーメラン。

 

 

どうすれば言葉に命が宿るか。

自分の本当に感じていることを言うことだけなのだけれど

自分が学んだことなら、なおそのパワーがイキイキと宿る

「その人が言うからこそ、伝わる」ということはある。

それはプロとしての覚悟であり、私としての喜びだから。

 

それでいて、私の言う通りにしなくてもいい、言葉どおりじゃなくても。

命の宿った言葉には力があり、

まるでお守りのように

まるでたき火のように

心の中で命を宿す。

 

もう自己一致しかないよね。

感じたことを感じたままに

自分をごまかさずに生きる

自分の声を聴き、自分の真実をいきる

そんな自分から溢れてくるものを愉しむ。

 

これからも言葉を使っていくけれど

何を言うかより、どう在るかを大切にしていきたい。

言葉は大好き。

私にとって、自分を表現する大事な「ツール」だから。

 

私×言葉が、どこまでも自由に羽ばたき、誰かの自由の希望となりますように。

 

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