メッセージを伝えること

時々、メッセージを伝えるのをやめようかと思うことがある。

私が、伝える必要ないな。

と思えて。それはどこかずっとあって。

だって、それぞれ、自分の中に答えがあるから。

メッセージをキャッチできるのも、別に特別な訳じゃない。

例えるに、モスキート音を聴こえる、聴こえないみたいな、体質的みたいなことであって、

もっと言えば、みなそれぞれチャンネルが違うだけ。

 

だけど、自分の声を聴かないから

自分にはわからないと思ってたりするから

わからないことにしているだけ。

 

私が見ているのは、その人は「それを知っている」という場所。

ずっと、その人の「知っている」場所とコンタクトしているだけなんです。

 

それがない人はいなくて、私はそこと会話している感じです。

そうすると、そこがイキイキするから。

そうすると、自ら、思い出すからね。

 

だから、私がはっきり言うことも大切なんだと思うようになった。

それによって、自分の声に意識が向くからね。

それは「私が言った通り」じゃなくてもいい。

私の世界の中で、伝えてるだけだからね。

言葉は記号だから。

それがわかったクライアントさんは、私が何をしようとしているか、本当の意味で知るんだよね。

そうすると、なーんだ!そんなことだったか!と思えるだろうし、

あるいは、よくそこをずっと信じてくれたと思ってくれる人も。

 

リーディングをしていると、何度きいても、同じこと、同じ回答しか来ないことがある。

すべてはよりよき方へ

それは大きく見た時に、真実だと私は思う。

だからこそ、自分が決めた道を通らなければならないことがあるんだろうと思う。

「その学びをせずして、先へ行かず」みたいなね。

ネガティブなことは、ネガティブにあらず。

大きな変化をした方のきっかけは、もうほとんど100に近いほど、

きっかけはネガティブにか思えないようなことだったりする。

人類は、ネガティブなきっかけがないと変われないのか、と思うけど(自分も含めて)

でも、きっかけをつかめたら、後でわかる。

そのきっかけが、どこへ向かわせてくれたのか、

自分がどうしたかったのかを。

 

 

この一瞬がすべてだとして、

でも、この時間という世界にも生きていて

それを存分に愉しみ、味わうことを諦めたら、もったいないと思うの。

 

私は、生き急いでいるとよく言われるけど、

貪欲なの。

 

自分自身にも、目の前の人にも。

魂が望むように、この人生を愉しみ尽くしますように。

 

大きく見たら、すべてよりよき方へ向かっている

だからこそ、与えられた無限な自由を悔いなく生きよう

 

これだけ愛されている存在であることを思い出して

自分自身が愛なのだということを思い出して生きるだけで

どれだけ地球上に花が咲くか

 

そんな想いで、日々、好きな世界に生きております。

まだまだ愉しめる。

まだまだ羽ばたけると思っています。

だから、せっせと、コミュニケーションしています。

 

そして、私があまりにも真面目にしつこいので

「もう寝なさい」と言われます(笑)

だって、なんだか一言も聞き逃したくないと思ってしまって。

「すべて在るから」と笑われる。

「忘れて、生きることをもっと愉しむように」と

何度も。

 

できる限り、そうするよう精進いたします!

 

 

 

 

 

 

「もう、この人は。。。」と微笑んでくれていると感じています。

 

 

 

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