魔女スクールを受講して

魔女スクール東京1期生の受講生から受講の感想が届きました。

魔女とは、何か。

魔女の真髄に触れる旅をこれからも愉しんで。

言語化し辛い世界を言語化する能力が高い彼女の世界観で魔女道を垣間みてくださいませ。

最終日の儀式は、リクエストにより行いました☆

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魔女スクールを受講していた約4ヶ月間で起こったことや感じたことについて、言葉で表現するのはまだまだ難しいです。

でも全10回の講座を通して、私はひたすら自分自身の存在感を彫刻のように削り出す作業をしていた気がします。

日常の出来事や気持ちを講座でシェアし、スピリチュアルなワークを通してそれを確認または確信し、日常に戻って目の前のことに取り組むということの繰り返し。

そうやって日常の生活とスピリチュアルなことが呼応するみたいに関わり合って現実が作られているような感覚を味わいました。

もちろんそこには私の意志や選択、行動が反映されているのだけど、途中から自分だけではない何か大きな動力のようなものを感じてそれを放心しながら眺めているという不思議な心境になりました。

自力と他力の働き方が変わったようにも思えるし、現実に意識が追いついてない状態になっていたようでもあります。
感情が感じられなくなったような気持ちにすらなって、静かな空洞の中にいるみたいでした。

とにかく取り巻く環境からの反響の中にあって私は常に自分に集中していました。
時に入り込むように見つめてみたり、時に客観視してみたりしながら。

そうして出てきた「できる私」。

これは私の性質の中でも認めたくないものの一つでしたが、それを受け止められた時に自分に対する認識が反転したのでこの気づきは転機の一つだったと思います。

世界を傍観する側から実際表現する側への転換点になったような気がするのです。

これまでも表現する自分、地に足のついたできる私というのは表に出ていた場面も多いかもしれないけれど、私自身がそうと思えず意識のズレがあったのが、そのギャップが埋まってきたという感じだと思います。

その過程では、傷ついたり「どうせ私なんて」と拗ねるインナーチャイルドが出てきたりもしましたが、揺さぶりを繰り返しては自分の中心、軸に戻るような感覚がありました。

私が進みたい方向性や本気が試されるような出来事もありましたが、自分を赦し自分を大切にしようと過ごすことで家族や周囲からの愛情も感じられました。

それだけでなくやはり何か大きな存在に愛されている、と白い光の滝に打たれたようになってしみじみと感動していました。

これらのことはこの数年じわじわと感じていたり何度か言っていたことだけれど、講座を受けたり学びを経るごとに腑に落ちていき、自分らしさを自分でくっきり捉えられるようになってきました。

可愛く、愛され、勇敢で、できる私。

こうあってはならないと自分で固く戒め自分に禁止してきたことですがそれでいいんだと思えたし、それが私らしさだとようやく思えました。

魔女スクールはとにかくすごいしヤバイしコワイです。

講座は毎回楽しく笑いも耐えず、後半は特にただただ現実と向き合う日々でしたが日常そのものがスピリチュアルでマジカルということを感じていました。

いつも眠かったし、最後の方は通えなくなるのではという位、きつかったりもしました。
でも振り返るとこれは自分の抵抗感や葛藤の表れだったように思えるし、安全装置として機能してくれていたのかなと思います。

家族療法も強烈で、自分の土台や一族に受け継がれてきたもう必要のない信念と自分がそこで果たした役目のようなものとが見えて、浄化されつつあるのを見守れるようになりました。

なんとか無事講座を卒業できて一週間経ちます。

長いようなあっという間のようなトンネルを抜け解き放たれて、次の冒険が始まったわくわく感と、少しの心許なさとが混ざっています。

これまでの関係性を確認しつつ新しい出会いにも恵まれ今は穏やかで楽しい毎日です。
感情は日々動くけど、内側は静かに落ち着いているような、どっしりとしてきたようにも感じます。

背中の方から身体が熱くなることもあり、何だろうと思いましたが、卒業の儀式で愛の女神よりいただいたメッセージの通り、「激しい愛と情熱でつき進む私」のエネルギーが内側から湧き上がっているのではと感じています。

まだまだ言葉にならない感覚とともに過ごしているけれど、数日前の朝、私の中で「カチッとなった」という体感もありました。

本当に言葉で表現するのが難しいのだけど、本来の私に戻ったような感覚です。

好きな漫画の主人公になったみたいに、自分の手足を動かすことでそこに物語がついてきてストーリーが展開するという感じがします。

これももうすでにそうだったのかもしれないけれど、ようやく自分の人生を生き始められるようになったような、そこに許可を出せるようになったのかもしれません。

自分らしく生きる、という、たぶん全人生をかけてやりたかった私の魂の願いと合致した音だったのかなと思います。

 

講座卒業間近の実習で、私は詩や童話を書くようにリーディングができ自分の才能の一つだと確認しましたが、私が私らしくいて笑ったり泣いたり怒ったりすることもまた才能だと思えました。

それはやはりすでに出ていて、一瞬一瞬が「コレだ、コレなんだ」と一人噛み締められるようになりました。

簡単なようで難しく、難しいようで簡単なことだけど、「うん、なんかコレなんだ」と思っているところです。

本当にありがとうございました!

 

 

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