緊急事態宣言解除になって

緊急事態宣言が解除になり、ホッとすると同時に、この二ヶ月以上の日々を振り返るでもなく振り返っています。

季節が移りました。桜が咲き、散り、新緑が芽生え、人類に何が起ころうとも、この自然の営みのリズムに安らぎを感じたのは、2011年の東日本大震災の時もそうでした。
まだ日常が戻らない4月に、桜が咲き誇り、変化しないものは一つもなく、同時に、巡りの中で与えられることの偉大さに大きな安心感を感じたのでした。

亡き母が、生前にチラシの裏側に書いた詞。

 

人は約束すぐ忘れ
言い訳ばかりが上手くなる

自然は何も言わないが
毎年毎年決まりごと
決して忘れたりすることはない

人に愛を 地上に花を

この世は妬み、おごりは満ちみちて
信と誠を見失う
これがこの世の定めかと

たかが短き百年の
人の命の道ならば 一歩退け
未完の神の子

 

この詩は、私の一番初めの本「緒〜umbilical cord〜」の出版記念パーティーで、
押田誠氏の作曲で曲がつき、関係者の歌唱で「花」というタイトルで、会場に流れた。
死んでしまった母が作詞家デビューというサプライズで命を吹き込まれた。私の作家デビューと同時に。

 

緊急事態宣言が出てから、人と会うということが極端に減ったけれど、日常は普段から自分で管理、計画、実行する生活で、日常が非日常で非常事態みたいな生き方をしているので、心はほとんどいつも通り。

どうしても、東日本大震災の時と比べてしまうのだけれど、あの時と比べると天国のようだった。ライフラインが使えるのだから。お店も開いているお店だけで不自由なく生活できたし、この期間、誕生日があったけど、お祝いのお食事も自宅で、ケーキも買えたし、お花のプレゼントまで💐
仕事も、あの時は、一ヶ月すべてのセッション、講座、イベントを中止にしたけれど、今回はオンラインでできるものができた。

それでも出張が多い私のリズムは変わった訳で、その分、時間はたっぷり。

自分と向き合うのは、好きなので心のことはいつも通りだったけれど、体のこと、健康については、考えさせられた。元々、あまり丈夫な方ではないのを昨年、嫌というほど思い知ったわけなのだけれど、今回も、向き合ってきたけど、これは今後も課題があると思った。
きっと、これからさらに大切になっていくと思った。歳を重ねることの自分の体との付き合い、リズムの再設定、新しい生活様式を、これから微調整し続けて、最期の日までと思った。

仕事については、やる気満々。四六時中、そればかり考えている。生き甲斐なのよね。

でも、仕事の性質上、みんないらっしゃい!というより、必要な人に届けばいいな、というスタンスで居続けたい。

誰かが必要を感じた時に、手の届くところにいられるように。

触れてくれた時に、自分を思い出すような存在でいたい。

そして、愛を思い出すような存在でいたい。

それがセッションでも、講座でも、本でも、自分の生み出す何かを生み続けていきたい。

生み続けていきたい。

オンラインで、という便利なツールとも慣れてきた。使えるツールだ。

だけど、リアルで会うことのパワフルさは、比べようもない。

 

感じて欲しいエネルギーでいられるように、私は私をケアして、伸びていきたいようにお世話をしていきたい。たくさんの助けを受け取って、感謝の中で。

この自粛期間中に、普段は、年に1、2回しか会えない息子たちとこの短い期間に数回会えたのは、嬉しかった。

普通のお母さんに戻れる時間。果てしなく豊かだ。

自分の淀みのない愛を感じられて、自己満足。溢れる、溢れる、溢れまくる。
夫が、若干、嫉妬するほど笑

夫は他人だけど、息子たちより特別なの。

そんな愛せる人々、愛してくれる人々との時間を与えてくれた。

 

緊急事態宣言は解除されたけど、本番は、ここからです。
すでに新しくなった「今」を受け入れて、「今」を生きることを実践し、
新しい時代を創造していくプロセスがリアルに始まりました。

今までと変わらず粛々と続けていくことが新しい創造への貢献となる、
変化させていくいことで新しい創造への貢献となる、
進化させていくことで新しい創造への貢献となる、
人それぞれ。

それは小難しいことではなくて、とてもシンプルになっていくと思う。
子どもが「いいね」と思えるような。

変化しない時は、一瞬たりともなく。
普遍的な真実は、時代を超える。

 

 

 

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