失敗をしたい人も、批判されたい人もいないかもしれないけど、失敗や批判を肥やしにしていける人もいる。
ビビリで意外に繊細な部分もある私。
ささやかながら成功や失敗を肥やしにしてきた人間なのかもしれない。
貪欲な私だけど、自分の身の丈に合った成功や失敗しかできないことを思い知った。
成功も失敗も、振れ幅であって、常に動いて固定されないものなのかもしれない。
そのポイントだけ見ると、成功や失敗と見えるだけであって。
それでも、成功し続けていると見える人の諦めない強さや情熱やシンプルさに学ぶところが大きい。
チャレンジしなければ、成功も、失敗もできない。
そう考えると、失敗もまたチャレンジできたことの証なのだと思う。
乗り越えれば、失敗より貴重な経験と実感するのは、そういうところなのだろうと思う。
ザ!中流オブ中流で育った私は、そのささやかで安定的と見える世界で失敗しないように頑張ってきた。
そして、ある一定の結果を経験できた。
小さな失敗や心残りみたいなものが皆無ではないけれど、自分の想定できる最高以上の人生になったと自認している。でもそれは、あくまでも「それまでの自分の想定」の範囲内のこと。
公務員一族に生まれた私が起業したのは、大きなチャレンジではあったけれど、
進めば進むほどに知らない世界の大きさに打ち震えた。
畏れでもあり、未知なる世界を探求したいという好奇心が湧き上がった。
自分は何も知らなかったのだとなんだかワクワクしている自分がいた。
そして、広い世界では、想定外の様々なチャレンジもやってきた。
自分の過去を全部手放すようなことも経験した。
「あー、この歳で、リセットボタンか!」と思ったけど。
もう想定ができないんだから、経験しながらトライアンドエラーを受け入れるしかない。
それが学びや新しい知恵になっていくんだと、しみじみ思った。
夢は描くけど、結果を期待しないで今を生きる。
まるで子どものように真剣に遊ぶように愉しむ。
いろんな経験を経て、これを実践することの、なんと恐ろしいことか。
ある種の結果予測ができてしまうのだから。
もちろん、予測に過ぎなくても。
それでも、新しい世界に入ったら、そんなことも言ってられない。
できることをするだけ。
しかも愉しく。
自分を信頼し、環境や宇宙を信頼する。
生まれたてのようで、ある種の悟りのようだ。
そこまで来れば後戻りできない。
知ってしまったことは、知らないことにはできないのだから。
どうあれ、愉しむ。
あー、人生は奥深くて、いい。
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